Japan / 1952 / 未解決
羽田空軍基地レーダー・目視UFO事件
1952年8月5日現地時刻23時30分、Lloyd WestとWalter Gutowskiは羽田空軍基地北東に強い光を見た。Walter Jackson、George LaGasseとともに7×50双眼鏡で約50~60分観察した。白井のCPS-1は後に弱い移動反射を報告し、F-94乗員も約90秒の弱い機上レーダー接触を報告したが、何も目視しなかった。極東空軍IR-35-52とProject Blue Book記録票はunknownとした。公開資料には報告と目撃図があるが、生レーダー航跡、スコープ映像、事件写真、完全な気象鉛直資料はない。後年のコロラド大学分析は、光をCapellaと異常光学効果、反射を異常伝搬と説明したが、これは合理的解釈で実証済み再現ではない。

公開記録上、この事例は未解決であり、信頼度は B と評価される。
- 資料状況
- 資料は充実
- 主な場所
- Haneda Air Force Base and northern Tokyo Bay
- 出典基盤
- 5 件のリンク記録
- 研究用途
- 比較ケース
羽田資料が支持すること
ケース資料
事件は月だけ不明なのではなく、真夜中前に始まった。WestとGutowskiが深夜勤務へ向かいランプを横切る途中、23時30分に光を見た。塔内でJacksonとLaGasseも加わった。IR-35-52は羽田を北緯35度33分、東経139度45分とし、光を東京湾方面の北東空に置く。
4人は円形の青白い強光、その約4倍の暗い円形域、下縁の小光と二、三の淡い光を一致して述べた。音も回転もなく、東へ二度薄れて戻った。0時に放球した30グラムの発光測雲気球ははるかに暗く黄色かった。この比較は同じ見え方を否定するが、未知物体の距離・大きさを測定しない。
第528航空管制警戒群白井第4サイトは塔の方位付近に三、四の弱い反射を得たが、Rawlins中尉は運動も高度も確定できなかった。23時45分にAlbert中尉が交代後、CPS-1高ビームは右旋回する弱い目標を追跡。速度は100~150ノット、時に見かけ上停止、最大250~300ノットという粗い推定だった。0時12分ごろ三反射に分かれたとされる。これは操作者の読取りで保存航跡ではない。
Johnson空軍基地のF-94BはWesley R. Holder中尉が操縦し、Aaron Jones中尉がAPG-33を操作。23時55分ごろ発進命令、燃料系統遅延後0時03分離陸した。未知物体は目視しない。GCI反射へ誘導され、Jonesは6000ヤード、左10度、下10度に弱い反射を報告し、手動で約90秒維持した後、右旋回中に画面を横切り消失。装置は任務前後正常とされたが、スコープ記録は残らない。
資料は単一物体の明確な相関を立証しない。C-54操縦士は明るい星とし、Tachikawa塔も光を報告したが、白井ではレーダー目標が10マイル以内とされた時も見えなかった。コロラド報告はレーダー時刻矛盾と、機上反射消失後も目視光が続いた点を指摘。本稿は歴史名を保ちつつ、目視・地上レーダー・機上レーダーを分ける。
タイムライン
- WestとGutowskiがランプ上で光を発見し、JacksonとLaGasseが塔からの双眼鏡観測に加わる。
- Albert中尉が白井で交代し、先の反射で運動・高度不明だった後に弱い移動CPS-1目標を報告。
- Johnson空軍基地がHolderとJonesのF-94Bに発進命令。燃料系統不具合で遅延。
- F-94Bが離陸し東京湾上空を捜索。乗員は目視接触なし。
- 白井が三反射を報告し、F-94Bは約90秒の弱い機上反射を報告。資料の時刻には矛盾がある。
- 空軍分析注記は気象鉛直資料なしにレーダー目標を合理説明できないとし、後にRuppeltは相関事例、コロラド報告は別個の光学・レーダー原因を提案。
羽田空軍基地事件の質問
羽田空軍基地UFO事件はいつ?
1952年8月5日23時30分に始まり、6日0時以後まで続いた。
羽田で光を見たのは誰?
塔のLloyd West、Walter Gutowski、Walter Jackson、George LaGasseが観察。C-54操縦士は明るい星とし、F-94乗員は未知物体を見なかった。
同じ物体を目視・レーダー追跡した?
原調査は方位・時刻から相関を推定したが現存資料は証明しない。白井もF-94も目視せず、後年分析は時刻・幾何矛盾を指摘。
Project Blue Bookの結論は?
記録票はunknown。現存調査で同定できなかった意味で、地球外を意味しない。
主要な通常説明は?
複合説で、目視は異常大気光学で歪んだCapella、レーダーは異常伝搬。複数制約に合うが完全な羽田気象資料で実証されない。
羽田写真はUFO画像?
いいえ。1952年7月1日の羽田空港で、歴史的飛行場背景に限る。
出典
- [1] 公式ファイルProject Blue Book事例資料:1952年8月・羽田空軍基地U.S. Air Force / National Archives and Records Administration
- [2] アーカイブ『未確認飛行物体報告』羽田の記述Edward J. Ruppelt / Project Gutenberg
- [3] 研究資料『未確認飛行物体の科学的研究』羽田分析University of Colorado / U.S. Air Force-sponsored study
- [4] 研究資料『Science in Default』羽田事例分析James E. McDonald / Princeton University archive
- [5] 公式ファイル米国国立公文書館Project Blue Book資料ガイドU.S. National Archives and Records Administration
表示画像は1952年7月1日付の羽田空港歴史写真。場所背景で、報告光、レーダー画面、公式文書、再現画像ではない。認証済み事件写真・動画はない。
